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The story behind 450SLC

2023.11.10

此処ではない何処かへ

 メルセデスが「ベンツ」と呼ばれるときの響きやイメージは、今に至るまで同社が心血を注ぐ部分を見えにくくしているように思う。メルセデスが早い時代から力を入れたのはモータースポーツ。最古、最長、何より強豪としてレース史に強い足跡をきざみ、シルバーアローはじめ多くのドラマを生み出した。

「此処ではない何処かにいち早く行きたい」
人間のスピードへの欲望と憧れの木に実った果実、それが自動車だ。ヒトが求めたのは速さ。早い時代に生まれたメーカーが揃ってモータースポーツに挑んだのはこんな理由からだった。レースでの勝利は格好の宣伝となり、名声をひろめ販売につながった。何よりコンピュータはもとより計測器具すら原始的なものであった時代、レースは車両テストの役割を果たし、耐久や信頼性を高めるに大いに役立ったのである。モータースポーツが自動車を鍛え、育てた。公道走行から始まったレースは自動車の進化とともに観客と乗り手、双方の安全を確保するためにやがてサーキットへと戦いの場を広げた。

ガルウィングとパゴダ

 1954年にデビューした300SLも、もとはレース用に開発された。これがSLと命名されたファーストモデルだ。メルセデスにとって戦後初の本格的なスポーツカーで、一大センセーションを巻き起こした。
 初代モデルのニックネームはガルウィング、ドアがかもめの羽のように開くことからこう呼ばれ、かわって二代目のW113系はパゴダSL。乗り降りのし易さに配慮してルーフの中央は低く、周辺は高い凹面になっており、パゴダと呼ばれる東洋の寺院の屋根の反りに似ていることからこんな愛称がついた。興味深いのはこの形状が当時の自動車デザインの不文律にも美の基準にも反していたこと。にもかかわらずこの「常識外」がキャラクターのひとつとなったのである。自動車史を紐解くとこういう事例がいくつか見られるが、パゴダルーフはその好例と言えるだろう。

3代目SL

 3代目となるコードナンバーR107系は、メルセデスではもっとも長く18年間にわたって生産されたシリーズである。350SLとして1971年にお目見えした。搭載されたのは車名通りV8 3.5ℓエンジン。3ヶ月後にアメリカでも販売がスタートしたが、こちらに搭載されたのは4.5ℓ。欧州モデルにくらべて排気量はアップしたものの、排ガス規制用の調整により馬力はダウンした。ちなみに4.5リットルモデルはその後、欧州に“逆輸入”された。
 70年代は自動車界にとってとても厳しい時代。オイルショックも去ることながら、スポーツカーの大マーケットだったアメリカで車両安全基準のレギュレーションが厳格化したことにより根本的な設計見直しがはかられた。クラッシュテストのクリアが求められたために多くのオープンカーが姿を消した時代だ。排出ガス規制が導入されたのもこの頃である。燃費向上、安全性の確保、排出ガス対策、難問が山積みだったが、オープンカーSLを生き残らせるためにメルセデスでは研究を重ねて搭載エンジンを変更しながら時代の変化に挑み乗り切った。今でもSLが別格なのはこの時代の苦労によるところも大きい。規制の厳格化や制約の強化はヒトの創造性を掻き立てるもの、それをSLは教えるかのようだ。まさに自動車は逆境に鍛えられ、育った工業製品である。

自動車を味わう

 3代目のビッグトピックスはふたつ。ひとつ目はもともとSLは軽量スポーツを意味したが、この代からスポーツ・ラグジュアリーと捉えられるようになったこと。先代に比べ大きく、豪華になったことによるものだった。軽量(Leicht)も豪華(Luxus)もどちらもLから始まる単語。この偶然がトランスフォーメーションを上手に包み込んだ。安全性を高めるためには重量増加は避けられないが、それを(軽量スポーツから)高性能ラグジュアリーに振ることでステージアップしたのである。
 もうひとつの大きなトピックスはSLCの登場。ホイールベースを延長した素敵な4シータークーペが生まれた。技術面ではサスペンションをトレーリングアームにすることで操縦性を高めるなど走行性能の見直しがはかられた。

 高い評価を受けた先代のスタイリングは、パゴダルーフを含めて踏襲されている。モダンで、当時のトレンドであったスクエアなフォルムが受け継がれた。それにしても、いま見ても惚れ惚れするような伸びやかで流麗な素晴らしいフォルムだ。時を超越する貫禄に溢れている。フリードリッヒ・ガイガーという社内デザイナーの手になるもので、ガルウィングもパゴダも初代からSLを手がけた彼のアイデアと言われる。ちなみにガイガーの後継者となったのが現代メルセデスの道筋を完成させたブルーノ・サッコだ。

 この3代目の中で77年に登場したのが450SLC。4.5ℓV8エンジンを軽合金化して5ℓにボアアップした新ユニットを搭載した高性能版だ。パワーは240馬力、最高速度225km/h。100km/hに8.5秒で到達する。デビュー当時は4.5ℓの水冷V8を積んだポルシェ928の対抗馬と噂されたらしい。軽合金ホイールが標準装備となり、フロントスポイラーが俊足を物語る。

 SLはメルセデスの伝統を明確に伝えるスポーツカーである。いま、楽しむならおすすめは3代目。スポーティネスに富むがじゃじゃ馬ではなく扱いやすい。クラシックだが、現代に溶け込む懐の深さがある。何より、よく出来た自動車を「味わう」という点でこれ以上の自動車は見当たらない。此処ではない何処かに、乗り手をいざなう。