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The story behind W126

2023.12.28

Sクラス2代目

 誕生までに長い時間を要する自動車は、企画がたてられ、開発がスタートした順番でデビューすることは稀だ。ユーザーの嗜好の変化、世の中の流れや開発の内容によって、後から開発の始まった車両が、すでに開発の進んでいた車両より先にデビューすることも少なくない。開発途中に、他のプロジェクトとの兼ね合いから車格の捉え方が変更になることもままあることだ。
 例えばW124はW123の後継として最初は「コンパクト」のコンセプトで開発されたが、ひと足先にメルセデス初の正真正銘コンパクト、190E(W201)が登場したために、途中でミディアムに変更された。ちなみにW124とW201のプロジェクトがスタートしたのはどちらも1976年、ほぼ同時期のことである。

 W124は93年にEクラスとなり現在に至るものの、いまだにW124という名称を好むファンが多い。代わってW201は190Eというモデル名がしっかり定着しているようだ。「小ベンツ」なる呼び方も当時はとてもポピュラーだった。ではW126はどうだろう。
 メルセデスのクラス名でもっとも有名なそれは高級セダン、Sだと思う。Sクラスの名がさだめられたのは1972年のこと。コードネーム、W116が最初である。このW116の後継モデルが1979年デビューのW126で、日本ではこのW126からSクラスの名前が知られるようになった。理由として考えられるのはW116は日本に正規導入されず、W126は前兆期ではあったもののバブル景気の恩恵によって(デビューから5年後ではあるが)84年に導入開始となったこと。これによってW126イコールSクラスが定着したのではないだろうか。ちなみに興味深いのはW126は正規導入以前に多くの並行輸入がなされ、その数、2000台以上とか、とても人気があった。当時は車格をバッジであげる“バッジチューン”なるものが流行ったり、排ガス対策を施した正規輸入車は馬力不足といった”都市伝説”も生まれた。これぞ人気者の証かもしれない。

デザインこそ

 デビュー当時、欧州ではW126は懐疑的に受け止められていたようだ。「じっくり型」のメルセデスにしては珍しいことに先代デビューから”わずか”7年後の世代交代だったために、最初は付け焼き刃ではないかと思われていたのである。実際のところ、W126はW116のアップデート版、誤解を恐れずに言えば画期的な変更は施されていない。にもかかわらず、蓋を開けてみれば欧州でも大人気を博す。なぜか?
 もっとも好意的に受け止められたのはデザインだった。開発開始は1973年、第一次オイルショックの時期で燃費向上は乗り心地の改善とともに重要課題だった。そのためメルセデスのデザイン部では空気抵抗の少ないボディを追求した結果、非常にモダンで流麗なフォルムが生まれた。先代と比べると長くなったホイールベースに対して、車幅は狭まっている。長く細いディメンションで目立つのは傾斜したウィンドウだろうか。それまでのメルセデスではみられなかったスタイリングである。ともすればギトギトに、過剰使用になりがちなメッキを控えめに用いたこともあって、じつにしっとりとした高級感を漂わせる。

タイムレスビューティー

 デザインの陣頭指揮をとったのはイタリア人のブルーノ・サッコ(Bruno Sacco 1933年生まれ)。99年に引退した彼は、今に至るまでメーカーのデザインチーフとしてもっとも評価の高いひとりだ。
 量産化とそれに伴うスピード化が進む現代の自動車づくりでは、デザインはるリスク管理もあってチームで行う共同作業だ。スタッフそれぞれが案を出し、それを練って、エンジニアの意向をとりいれモディファイを繰り返しつつ最終案が決定する。広い範囲で協議を重ねながら決められるものだが、最終的な決定権を持つのはチーフ、責任を担うのもチーフだ。
 チーフに求められるのは、経験はもとより、デザイン史、デザイン学のみならず技術や企業アイデンティティに通じていることはもちろん、世界と時代を見る目、揺るぎない確信。ブランドデザインに一貫性を与え、同時に革新や発展を生み出せねばならない。もちろん部下を率いるリーダーシップも求められるし、販売、経営部門を説得する強さも持ち合わせていなければつとまらない。いくらスタッフ・レベルが同じでもチーフが変わるとデザインが迷走を始めた例は数にいとまがない。
 サッコはメルセデスの現代デザイン・ランゲージを確立し、モデルに強い存在感を与えた。その好例がW126と言えるはずだ。

 自動車デザインは最新として生まれ、人生を終えると自らを古くして立ち去る運命にある。後継が出たことで古くなるというより、まさに自分から古くなるように見えるところがデザインの不思議だ。一方で、その古さがタイムレスとして生き残るものもある。自動車デザインの巨匠、ジョルジェット・ジウジアーロは「デザインは機能、スタイリングは絶対的な美」と定義したが、絶対的な美はタイムレス・ビューティと言い換えることができるだろう。
 メルセデス・クラシックの良さはまさに「タイムレス・ビューティ」を与えられていること。W126はモダンとクラシックが共存する自動車だ。時代を浮遊しながら、時間を超える美しさを持つ。